直江山城守兼続が閻魔大王にあてた書状
閻魔(えんま)様へ死人を返してほしいとの書状
名将言行録・北越耆談の中に
記されている逸話
以下名将言行録
未得御意候得共、一筆令啓上候、三宝寺勝蔵家来何某、
不慮の義に付相果候、親類共歎き候て、呼返し呉候様に申候に付、
則三人の者迎に遣はし候、死人御返し可被下候 恐々謹言
慶長二年二月七日
直江山城守兼続
閻魔王様 宜敷獄卒御披露
まだお目にかかったことはございませんが
一筆したためさせていただきます。
三宝寺の家来の何某というものが
不慮の義に付き合い果てました。
親類の人が歎き 呼び戻してほしいと
申すので 三人の者を迎いに遣わしました
なにとぞ死者を返してくださるようお願いします。
以下北越耆談
雖未得御意候、一筆申入候、然者横田式部召使之茶堂坊主、親類共呼戻申度、
達申付、即親類二人迎越申候。急度御返信可有候。恐々謹言
二月十日 直江山城守兼続
閻魔大王殿
この話はどちらも兼続の配下の武将が自分の召使を斬罪
そこまでしなくともと納得できず親類が山城守兼続に異議を申し
立てたところ兼続もそれを認め このお金で弔って欲しいと
金子を渡したが納得せず 死人を返せと言い張り 死んだものは
戻らぬ故この金子で堪忍してほしいと上乗せした金を提示したが
親戚の人たちは首を縦に振らなかったため そう言われても
わしも迎えに行けぬ故 それでは すまぬが
おぬし達が死者を迎えに行っては くださらぬか。
と 打ち首にしたと言うお話です。蜘蛛の子を散らすがごとく
逃失せ嗷訴も無くなったと言う事です。