ノノウの里を訪ねる
信州小県郡禰津村
現在は東御市祢津
ノノウは信州小県郡禰津村に住む巫女のことで、ノノウと呼ばれその歴史は
鎌倉時代にまで遡ります。人里はなれた此の地に歴史を刻んだ。
かっては日本を代表する巫女村も 現在は巫女の家が並んだ
ののう小路や墓が残る程度で当時の面影を見ることは出来ない。
もちろん巫女はここ祢津村だけのものではなく各地に点在していた。
容姿の美麗さをもっていろいろな地より 選ばれた若き女性は巫女に
なるための修行を行い各地を回った。この時代は戦火に見舞われ孤児と
なった子供たちが大勢いたため人集めは容易であったと伝えられている。
巫女達は比較的自由に国境を行き来し、諸国の事情に詳しかったため
武田信玄や真田信繁(幸村)など武将の情報源として 重んじられたのである。
こうしたことからいわゆる忍者 くノ一としての役割を担っていた巫女たちも
多く存在した。「神降ろし」・「口寄せ」などと呼ばれる 霊能力的な
才能を開花した巫女達も多く存在した。各村を回り 舞や口寄せなどしながら
村人達を安心させたり 勇気づけたりした。それにより得られた金で
当時の村はとても裕福な暮らしであったと伝えられています。
NHK大河ドラマ「天地人」(直江兼続)で重要な役どころの
長澤まさみさん(初音)がノノウの役で活躍します。
若き与六(兼続)は戦火によって荒れ果てた善光寺で、
神秘的で美しいノノウの初音に一命を助けられます
「天地人」火坂雅志著の小説はこんな場面から展開して行きます。

祢津地区を望む
ノノウとは この辺の地方では神様などの人が拝む対象のものを
のうのう様・のうの様・ののさま と言うことから ののう と言われたのでは
ないかとて言われています。もうひとつは呼びかけの言葉として
もしもし・ちょっと・ねえねえ・などと同じ使い方で のうのう と呼びかけます。
ここからの語源ではないかと言う説もありますが 私は巫女(みこ)
は一般人より神に近い存在なので前者の考えでノノウと言われたのでは
と考えます。ちなみに越後でも同じ言葉の使い方をしています。
越後ではどちらかと言うと子供や赤ちゃんと話すとき使う言葉です。
「ののさまにお参りしよう。」「のうの様にこれをあげてきて」
仏壇・神社・お寺・お地蔵様・などすべてが のうのう様です。
もちろんお坊さん・神主さん・巫女さん・尼さん などものうのさまです。

この地区を散策していて感じたことは住んでいる人たち
がとても親切で礼儀正しい素敵な所 と言う印象でした。

東町の歌舞伎舞台から町の風景
雰囲気のある場所にあり 機会があったら
ぜひ上演されている舞台を見てみたいと
思いました。


有形民俗文化財 東町の歌舞伎舞台
現在も東町歌舞伎保存会を中心として、歌舞伎上演が続けられています。

有形民俗文化財 西宮の歌舞伎舞台

昔から、地元では『舞台見るなら西宮へ、芝居見るなら東町へ』と言い伝えられています。
現在も、保存会によって舞台の管理が続けられています。
長野県東御市祢津